豊川市のS様邸のリフォーム外構工事がスタートしています!
施工前の状態です。
玄関前の階段を1段分低くして、勾配をその分ゆるやかにします。
家屋の反対側です。
ここに、敷地内いっぱいまでデッキを作り、アルフレスコダイニングのスペースを設ける予定です。
いよいよ工事スタートです。
まずは、コンクリートカッターで既設土間コンを切断して、ハツリます。
ひたすらハツります。
玄関前のキンモクセイ。これを生かすというミッションがあります。
既設土間コンの高さが下がるため、そのままでは樹木の根がむき出しになります。
これをどう解決するか?
既設の土間コンと花壇の撤去処分が無事に終わり、樹木の根がむき出しになります。
どこかに移植して、また戻すことが必要なのか?
樹木の移植そのものにリスクがあるのに、この猛暑の既設に移植はかなり植物にとって厳しい...
kazuma
モニターサイズと近未来テクノロジー
エクステリアの設計やグラフィックデザインワークという仕事柄、
パソコンのモニターサイズはi-Macの27インチという大きいモニターサイズの物を使用しています。
アプリはイラレやフォトショを使用する為に画面上にツールパレット等だけでも場所をとりますので
大きいモニターサイズでないと、作業スペースがさらに狭くなる訳です。
次回の買い替えの時も同じサイズ以上のものは欲しい所です。
できればモニターをもう1台増やしてデュアルモニターにする必要性を感じているくらいです。
(2台置きにするとテーブル狭くなり圧迫感を感じますね、きっと)
今どこまで進歩しているのかわかりませんが、「VRゴーグル」という物がありますね。
僕は所有していませんので、どこまで臨場感があるのかわかりません。
VRゴーグルを持っている人のほ
豊川市のG様邸のリフォーム外構、無事に完工しました。
既設の2台駐車スペースから4台駐車可能なリフォームに。
それに伴って、
既設の生垣から目隠しフェンスに。
既設の門袖&門扉&アコーディオン門扉を撤去して、新設!
そして、既設のアプローチも従来よりも幅広にリフォームさせて頂きました。
施工前の状態です。
それにしても広い敷地です。
この既設のアコーディオン門扉が強風で動いて弧を描く様にたわんでしまうというお悩みでした。
CBブロックを置いて風で動かない様にしようとご苦労されています。
これも今回の工事の重要課題です。
いよいよ工事スタートです。
表土(既存の砂利)をすきとってます。
駐車スペースを奥に拡大する為に、土間コン打設用です。
既設の土間...
もともと僕はデザイナーや、エクステリアプランナーを目指していた訳ではなく、画学生でした。
画家になりたかったのです。
一年浪人の後、愛知県の公立の芸術大学へ進学しました。
今回のブログは、その時の浪人中の氣付きのお話です。
受験浪人当時、名古屋市千種区にあります河合塾の美術研究所に毎日通っていました。
毎日毎日、木炭紙にデッサンや、F15号のキャンバスに油絵を描きます。
この浪人時代に多くの画学生は基礎デッサン力がぐっと上達します。
地道なトレーニングですから描けば描くほどに。
美大合格した後では、なかなか基礎デッサン力は上達しないんです。
だって美大入ってからは、誰もが好きな絵を自由に描きたいですから、浪人時代の時ほど地味な基礎デッサン力のトレーニングをしなくなる訳ですから。
受験浪人時代、毎日毎日地道にデッサンのトレーニングをしていますと、ある時ふと「氣付き」がありました。
石膏像を
今日は日本中を駆け巡ったショッキングなニュースがありました。
演説中に銃で撃たれた安倍晋三元総理大臣は、治療を受けていた奈良県橿原市内の病院で亡くなりました。67歳でした。
言葉を失うとはこの事です。
なるべく、政治や宗教の事はブログやsnsでの発信はしないようにしていました。
みなさん、いろんな価値観がありますから。
僕は自民党や安倍元首相を推しているわけではありませんが
今日の出来事は特別です。
安倍元首相のされてきた政策等の賛否両論はいろいろあると思いますが、
暴力によって言論の弾圧が行われるような事は絶対にあってはならない事です。
本当に残念です。
今日、ショッキングなニュースを知ってから、なんだか力が湧いてこなく
「なんだかな〜」という言葉を一人でボソっとなんども連呼していました。
安倍元首相は2018年に、僕が携わらせて頂いた、事業所内託児所...
日々の仕事のタスクをこなすのに集中し過ぎてると、
ついついこのブログが疎かになってしまいます。
反省。
さて、久しぶりの投稿ですので、ちょっと変わった内容を書きます。
過去のブログでも何度か書いたことがありますが
僕は1996年に約1年間ドイツ留学していたことがあります。
芸術大学を卒業して、翌年1年間バイトしてお金を貯めて、その翌年に渡独しました。
まだ、ドイツの通貨がユーロではなく、マルクの時代でした。
(その3年後くらいにユーロになったと思います。)
当時はまだ画家になる夢が捨てきれず、
日本の外に出て「何でも見てやろう!」という強い気持ちがありました。
若くて青い衝動があったからこそ、思い切って行けました。
本当に体験できてよかったと思います。
現地では、僕のように海外からの留学生も多く、自分の国を誇らしげに語る学生たちに囲まれ、日本の事を好奇心から聞かれるわけです。
僕はその時「...