2019.3月号-暮らしはアート

2019.3月号-暮らしはアート
kazuma   絵を描く行為から 学んだ、氣づき   僕が初めて油絵の具を使ったのは、中学生でした。 幼少の頃から絵を描くことが好きで、「油絵を描く」という行為は大人の階段を登るようで、ウキウキしたものです。   確か初めて描いた作品は、 ポール・セザンヌの「赤いチョッキの少年」の模写だったように記憶しています。     最初は扱いがとても難しい画材で、技術を習得していくのにとても苦労しました。 絵の具をチューブから出したまま使うと、絵の具の乾燥が遅く、 塗り重ねたくても、さっき塗った絵の具が濡れていて、次の作業が出来ません。 速乾性のメジウムやオイルを研究する必要があります。 使い過ぎれば、絵にひび割れを起こしたりと、失敗の経験を重ねながら覚えていきました。   どうしても色彩に深みを出せずに、悩んでいた時の事です。 何枚描いても単調な薄っぺ

2019.2月号-暮らしはアート

2019.2月号-暮らしはアート
kazuma   心の純度を上げる   今は「心の時代」だとよく言われています。 多くの国々は機械文明の発達のおかげで物に溢れるようになりましたよね。   機械文明は生産性の向上を目指して合理性を優先させます。 しかし、人の心の問題をないがしろにさせてきました。   人の心の豊かさは合理化によっては培われないのです。   このまま機械文明が進んで行くとどうなるのでしょうか。   ベーシックインカムが導入されて、AI(人工知能)とロボットの発達により、富は機械が作り、人間は遊んで暮らせるようになるのでしょうか。 これはまだまだ想像の域を出ません。   ただテクノロジーの発達は文明が滅びない限り止められません。 きっと加速していくでしょう。   では人間の心の豊かさはどう解決していくのでしょうか。  

2019.1月号-暮らしはアート

2019.1月号-暮らしはアート
kazuma バランス   この絵画は僕の卒業制作です。 ↓     一般的な大学は四年生になると、卒業論文という物を書くと思うのですが、僕の卒業した芸術大学では卒業制作という造形作品を制作します。   僕は愛知県長久手市にありますとある芸術大学で、美術学部の油画科を専攻しました。 純粋芸術(fine art)であり、テーマも自由でした。 そこで僕が選んだ卒業制作のテーマは「バランス」です。 そうです、この作品の題名です。縦1.9m×横1.62mの大作です。 キャンバスに油彩絵具で描きました。     バランスとは、英語で「釣り合い」とか「均衡」といった意味ですよね。 森羅万象、宇宙のありとあらゆる事象は、「陰」と「陽」の相反する二つの性質を持ち、両者の調和によって世界が保たれているという陰陽思想があります。 例えば、男と女、光と影、動と静

2018.12月号_暮らしはアート

2018.12月号_暮らしはアート
kazuma 暮らしを楽しむ   「暮らしを楽しむ」とはどういうことでしょうか?   毎日何か特別に刺激的な楽しい事が起きたら良いのですが、現実の生活では、なかなかそうはいきません。 仕事、家事、子育ての忙しい毎日。同じように見える日常の繰り返しが多いのではないのでしょうか? 逆に毎日エキサイティングな事が起きたら疲れてヘトヘトですけどね(笑)   僕が思う「暮らしを楽しむ」とは、「日々の何気ない暮らしを楽しむ」という事です。 日常のささやかな出来事にこそ、最大の幸福があるんじゃないか、という仮説を立てました。 今の僕自身の日々の暮らしは、その仮説を検証している日々とも言えます。   暮らしを楽しむ為には工夫が必要です。ボーっとした意識では何も小さな感動をキャッチできないと思うのです。 それは物事の解釈の仕方、意識、脳の使い方を学ぶことに根本的な解決があると思うのですが、 それは僕がまだ

2018.11月号_暮らしはアート

2018.11月号_暮らしはアート
kazuma 生きること   誰もが一度や二度、いや何度か考えた事があると思うのです。 「何のために自分は生きてるの?」 僕が最初に、深く「生きること」について考えたのは、父親が亡くなった時でした。 五十七歳で亡くなりました。 団塊の世代であり、仕事で海外出張の多い父親でした。 中国の北京に滞在中に突然倒れたのです。心不全でした。 当時僕は実家から離れ、瀬戸市で社員寮生活をしていました。 勤務中に母親から職場に電話があり、震える声で亡くなった事を告げられました。 翌日、父親の会社の方と一緒に北京へ飛び、父親の遺体を引き取りに行きました。 そして実感の無いまま、黒い柩と一緒に帰国しました。 父親は本当に立派な人間でした。頑固者でしたが決して逃げることをせず優秀で博学な人でした。 僕は子供の頃、大人は皆こんなふうになれるんだと思っていましたが、なかなかあそこまでの立派な大人には出会えません。 僕自身も中年になりましたが、

暮らしはアート 10月号

暮らしはアート  10月号
kazuma DIYの喜び DIYの言葉の意味をご存知でしょうか? 英語のDo It Yourself.の略語で、「自身でやる」という意味で、素人が何かを自分で作ったり修繕したりすることです。 僕は、DIYを趣味で十年以上続けています。 もともと美大出身という事もあり、工作は好きではあったのですが、ここまでDIYにはまるとは、自分でも驚きです。 はまるキッカケは明確にあります。 一台の電動工具を買ったことから始まりました。 ドイツのボッシュ社製の電動ドリルです。   当時、テレビボードを作ろうと思ったのですが、釘とボンドで組み立てるよりも、ビスでとめた方が「楽なのではないか?」と思ったのです。 この「楽なのではないか?」がとてもポイントです。 予想通りでした。劇的に楽チンなのです。釘&ボンドどめに比べて、失敗してもやり直しが簡単。ボンドの乾燥を待たなくていいので、せっかちな僕の気質にぴったりでした。 簡単でスピーディーな

裸婦デッサン

裸婦デッサン
10代の頃に描いた裸婦デッサン。 初めて女の人の裸を描いたのはいつだったろうか。 何となく覚えているのは。。。 恥ずかしくて、イーゼルに置いた大きなスケッチブックで、 見えないように顔を隠して、顔を真っ赤にして うつむいてばかりいたと思います。 「もっと、よく見て描くように!」 なんて先生に言われても、恥ずかしくて前を見れない。 ピュアだった、あの頃の僕。 今もですが(笑) 何枚も裸婦デッサンを描くうちに、 裸体をモノのように冷静に観察して描けるようになっていました。 慣れってすごいですね。 真剣に集中していると、よこしまな気持ちなんて入りこまないんです。 僕は男ですから、女性が性の対象です。 まあ、神様がそういうふうに設計しましたからね(笑) でも、裸婦を描いている時は、そうならないんです。 冷静に人体として、観察している自分になっているんです。 欲情していたら絵なんて描けないですから。 「画家の目になっている」...

遠くと近く

遠くと近く
押入れをまさぐっていたら、10代の頃に描いたデッサン画がでてきました。 まだ、ピュアな頃の僕です。 今でもですが(笑) デッサン描いてた10代の頃の「氣づき」は以前に書いたので割愛。 10代の頃の気付き   デッサンを通して、細かい所見たり、全体感をみたり、どっちもバランスよく見る事が大事なんだ、みたいな事を書いたと思うのですが。。。。   10年くらい前からでしょうか?   故船井幸雄さんの書籍がきっかけで、けしてテレビニュースや新聞に掲載されない裏側の真実を知るようになったのです。 紹介上手な船井さんが、いろんな識者の書籍を紹介していたのです。 それこそ興奮して、むさぼるように、たくさん読みました。 世界情勢の裏側、裏の歴史、陰謀論、食品や化粧品の裏側、農薬、医療の裏側などなど。 「真実は小説より奇なり」とはよく言ったものです。 娘を持つパパである以上、家族を守るために「知る」こと...