2019.12月号-暮らしはアート

2019.12月号-暮らしはアート
kazuma   「日々の何気ない暮らしを楽しむ」とは?   「日々の何気ない暮らしを楽しむ」 これは当デザイン事務所のメインテーマです。   『何気ない』というところがポイントです。 僕がセレブであれば暮らしの楽しみ方も違ってくるでしょう。 豪華客船の旅、クルーザー、世界旅行などなど。   お金持ちであれば一流の物に触れ、一流の体験ができるかもしれません。   残念ながら僕は庶民です。庶民も庶民、ど庶民です(笑)   でもアイデアと工夫、何よりも「遊び心」があれば、庶民にも日々の何気ない暮らしを楽しむ事ができると信じています。   子供の頃を思い出してください。 物が無くても勝手に遊びを探し出し、創り出し、発見し楽しんでたじゃないですか。   今の子供たちはテレビゲーム、スマホなど大人の誰かが作ったプログラムやコンテンツ

機械 vs 人間

機械 vs 人間
最近よく見かけますね、無人レジ。 ドンキホーテも無人レジ(まだ人付いてますけど) 牛丼のすき家も無人レジ(まだ人付いてますけど) 国内は高齢者が増えて労働人口が減ってきて、外国人に労働力を頼るようになってきてます。 現在の日本の総人口は、総務省統計局のホームページを見ますと、1億2618万人です。(令和元年11月1日現在) この人口の税収で国を運営するように設計されていますので、高齢化により現役労働人口が減って困るので外国人の労働力に頼るという理屈なんでしょうかね、この国の方針は。 この事は別記事で書いてますので、そちらにて。↓ 2019-7月号-暮らしはアート 話を元に戻しますと、テクノロジーの進化は止められないという事です。 機械と上手く付き合っていくしかないですね。 僕が生きているまでに、どこまでテクノロジーは進化していくんでしょうか。 こういう事を考えていると、以前からよく耳にします「シンギュラリティ」って言葉を思い浮かべます。 技術的特異点と...

健康とは

健康とは
    健康=脳(60%)+身体(40%) という事を師から学びました。   え? ですよね。   どうしても、健康の事を考えるとき、身体の事しか考えない人が多いと思うのです。 以前の僕もそうでした。   バランスのとれた食事 適度な運動 良質な睡眠     これだけで、ほとんどオッケーだと信じていました。 いや、ぜんぜんできてませんでしたが(笑) 上記の3つは身体のための事です。 それでも、身体(40%)もあるので、とても重要ことではあるのですが。   心臓病にいたっては 脳(70%)+身体(30%) とのことです。   ここでいう脳とは、違う言い方をすれば、「考え方」「マインド」です。     昔の人はこういいました。

命というもの

命というもの
先日、僕の祖母が亡くなりました。 101歳です。あと2ヶ月くらいで102歳なので、数えで102歳です。 大往生です。 近しい人が亡くなると、つい「人生と命」について哲学的に考えます。 僕らは日々何のために、何を目指して生きているのでしょうかね? ただ、口に物を入れて排泄するだけの毎日でしたら、動物と変わりません。 我々は知性を持った霊長類です。 我々は、ふわふわとした雲のような肉体の無い霊体ではなく、3次元的な肉体を持った人間です。 だからこそ、悦びもあれば、この肉体を食わしていくだったり、健康の事や外見の美醜のコンプレックッスや肉体を生かしていくための様々な苦しみもあります。 僕のお婆ちゃん 小学生の頃、たくさん岡崎市のアオイマート(今は潰れてありません)でたくさんオモチャを買ってくれました。 断片的に忘れられない思い出は残っています。 お婆ちゃん、大好きでした。心からありがとう。 晩年は、老人ホームに入りました。 僕が数年前に老人ホームにお婆ちゃんに顔...

2019.11月号-暮らしはアート

2019.11月号-暮らしはアート
kazuma   リレーションシップ   リレーションシップ、英語表記でrelationship。 「関係」「結びつき」「関連性」「人間関係」といった意味になると思います。   「我々人間は一人では生きていけない」 昔から先人から言われ続けられている言葉ですが、僕自身今まで深く考えて来なかった気がします。   我々は社会性をもった生き物です。 多くの人の手を借りて今の暮らしが成り立っています。 衣食住すべて。   そして「生きよう!」という元気も人間関係の中から強くなったり弱くなったり。   何か大きな事を成した人というのは、リレーションシップを磨いて高めた人とも言えます。   若い頃は学校生活、そして大人になって会社等で、 好むと好まざるとに関わらず集団の中で人間関係を構築していかなくては生きていけません。   い

2019.10月号-暮らしはアート

2019.10月号-暮らしはアート
kazuma   暮らしとお庭と秋風と   だんだんと涼しくなって来ましたね。 四季の中で一番好きな秋です。 サンサンと日光が降り注ぐ夏から秋にかけての何とも言えない物悲しさに哀愁を感じるのです。 素肌に当たる涼しくなった秋風がそう感じさせるのかもしれません。 高温多湿の日本の真夏は、なかなかお庭に出る気にならないですよね。 昼は暑くて、夜は蚊に刺されるのが嫌で。   しかし秋はお庭が楽しいです。 お庭に照明があれば、夜も最高です。 綺麗なお月様、癒される虫の音。涼しくて優しい夜風。お庭にテーブルと椅子。   デッキがあればテーブルも椅子も常設しておけばいいのです。 お酒があれば最高です。   そんなアルフレスコダイニング(お庭で食事)のできる外空間を作りませんか? 広い敷地じゃなくたって、そんな空間が作れるのです。  

2019.3月号-暮らしはアート

2019.3月号-暮らしはアート
kazuma   絵を描く行為から 学んだ、氣づき   僕が初めて油絵の具を使ったのは、中学生でした。 幼少の頃から絵を描くことが好きで、「油絵を描く」という行為は大人の階段を登るようで、ウキウキしたものです。   確か初めて描いた作品は、 ポール・セザンヌの「赤いチョッキの少年」の模写だったように記憶しています。     最初は扱いがとても難しい画材で、技術を習得していくのにとても苦労しました。 絵の具をチューブから出したまま使うと、絵の具の乾燥が遅く、 塗り重ねたくても、さっき塗った絵の具が濡れていて、次の作業が出来ません。 速乾性のメジウムやオイルを研究する必要があります。 使い過ぎれば、絵にひび割れを起こしたりと、失敗の経験を重ねながら覚えていきました。   どうしても色彩に深みを出せずに、悩んでいた時の事です。 何枚描いても単調な薄っぺ

2019.2月号-暮らしはアート

2019.2月号-暮らしはアート
kazuma   心の純度を上げる   今は「心の時代」だとよく言われています。 多くの国々は機械文明の発達のおかげで物に溢れるようになりましたよね。   機械文明は生産性の向上を目指して合理性を優先させます。 しかし、人の心の問題をないがしろにさせてきました。   人の心の豊かさは合理化によっては培われないのです。   このまま機械文明が進んで行くとどうなるのでしょうか。   ベーシックインカムが導入されて、AI(人工知能)とロボットの発達により、富は機械が作り、人間は遊んで暮らせるようになるのでしょうか。 これはまだまだ想像の域を出ません。   ただテクノロジーの発達は文明が滅びない限り止められません。 きっと加速していくでしょう。   では人間の心の豊かさはどう解決していくのでしょうか。  

2019.1月号-暮らしはアート

2019.1月号-暮らしはアート
kazuma バランス   この絵画は僕の卒業制作です。 ↓     一般的な大学は四年生になると、卒業論文という物を書くと思うのですが、僕の卒業した芸術大学では卒業制作という造形作品を制作します。   僕は愛知県長久手市にありますとある芸術大学で、美術学部の油画科を専攻しました。 純粋芸術(fine art)であり、テーマも自由でした。 そこで僕が選んだ卒業制作のテーマは「バランス」です。 そうです、この作品の題名です。縦1.9m×横1.62mの大作です。 キャンバスに油彩絵具で描きました。     バランスとは、英語で「釣り合い」とか「均衡」といった意味ですよね。 森羅万象、宇宙のありとあらゆる事象は、「陰」と「陽」の相反する二つの性質を持ち、両者の調和によって世界が保たれているという陰陽思想があります。 例えば、男と女、光と影、動と静

2018.12月号_暮らしはアート

2018.12月号_暮らしはアート
kazuma 暮らしを楽しむ   「暮らしを楽しむ」とはどういうことでしょうか?   毎日何か特別に刺激的な楽しい事が起きたら良いのですが、現実の生活では、なかなかそうはいきません。 仕事、家事、子育ての忙しい毎日。同じように見える日常の繰り返しが多いのではないのでしょうか? 逆に毎日エキサイティングな事が起きたら疲れてヘトヘトですけどね(笑)   僕が思う「暮らしを楽しむ」とは、「日々の何気ない暮らしを楽しむ」という事です。 日常のささやかな出来事にこそ、最大の幸福があるんじゃないか、という仮説を立てました。 今の僕自身の日々の暮らしは、その仮説を検証している日々とも言えます。   暮らしを楽しむ為には工夫が必要です。ボーっとした意識では何も小さな感動をキャッチできないと思うのです。 それは物事の解釈の仕方、意識、脳の使い方を学ぶことに根本的な解決があると思うのですが、 それは僕がまだ