最近、僕はテニスをもう一度ちゃんと好きになろうと思いました。
きっかけは、
ボリス・ベッカーとロジャー・フェデラーという、世代を超えた二人の存在です。

国も違う。
活躍した時代も違う。
プレイスタイルも違う。

それでも僕の中では、同じカテゴリーに入る特別なプレイヤーです。
その理由は、おそらく
フォームの美しさです。
強いのは大前提です。彼らはプロフェッショナルですから。
しかし「美しい」という要素は、また別次元の価値だと思っています。

ボリス・ベッカーという衝撃
17歳のボリス・ベッカーがケビン・カレンを破り、ウィンブルドン史上最年少チャンピオンになりました。
僕は当時中学2年生、13歳でした。
思春期ど真ん中で目にした「世界最年少王者」のニュース。
あの衝撃は今でも鮮明に覚えています。

金髪の17歳が芝の上で跳ねるようにサーブを打つ。
深い屈伸から腰を捻り上げるあのフォーム。
ゲルマン民族らしい頑強な体格から繰り出される、破壊力抜群のサーブ。

しかし、それは単なるパワーではありません。
あのサービスフォームには、機能美の極致がありました。
その衝撃で一気にベッカーのファンになり、中学は軟式庭球部だった僕は、高校から硬式テニス部に入りました。
父に買ってもらった「プーマのベッカースーパー」というラケット。今でも僕の宝物です。


ロジャー・フェデラーという再発見
フェデラーの名前はもちろん知っていました。
しかし正直に言えば、僕は15年以上テニスから離れていました。
完全に浦島太郎状態です。
本格的にフェデラーに注目したのは、2022年、彼が引退してからでした。
映像を見て、率直に思いました。
「こんなに美しいフォームの選手がいたのか。」
スイス人らしい冷静さ。
現代では珍しい片手バックハンド。
力任せではなく、流れるような身体操作。
ラケットヘッドの軌道は、まるで設計された曲線のようです。
合理性と優雅さが共存しています。
まさに構造美だと感じました。
時代は変わった
僕がテニスから離れている間に、ラケットの性能は飛躍的に進化していました。
ベッカーの時代はサーブ&ボレー全盛期。
前へ出る勇気が勝敗を分ける時代でした。
しかし現代は違います。
ベースラインから強烈なトップスピンで打ち抜く。ストローク戦が主流です。
サーブ&ボレーは少数派になりました。
テニスという競技は、完全に進化していました。
それでも、進化しても変わらないものがあります。
それが、フォームの美しさです。
なぜ二人が好きなのか
国も違う。世代も違う。スタイルも違う。
それでも僕が二人に惹かれる理由。
それは「形」が美しいからだと思います。
デザインの仕事をしていると、どうしても構造と線を見てしまいます。
機能が洗練されると、形は自然と美しくなる。
ベッカーの屈伸と捻転。
フェデラーのしなやかな体幹。
どちらも無駄が削ぎ落とされた身体操作です。
それはスポーツでありながら、芸術でもあります。

テニス愛ふたたび
中学生の頃、世界最年少王者に心を撃ち抜かれました。
そして50代になった今、
引退した名プレイヤーの映像を見て、再び心が震えています。
テニスは進化します。
道具も変わります。
戦術も変わります。
しかし、美しさは時代を超えます。
強いだけでは残りません。

美しいものが、人の記憶に残ります。
ベッカーとフェデラー。
世代を超えた二人から、改めてそれを教わりました。
テニス愛、ふたたび。
そして僕は、もう一度コートに立ちたくなっています。
目指せ! 素敵なテニスのおじ様(笑)


