
便利だけど、なんだか物足りない
最近は、ビジネスやプライベートにおいてChatGPTみたいな人工知能を使って文章を書くことも増えてきているそうです。
僕も実際に活用してみて、その便利さや正確さには驚かされました。
文章の構成はしっかりしてるし、誤字脱字もない。
理路整然としていて、とても「ちゃんとしてる」んです。
でも、あるときふと、違和感を覚えました。
「うまくまとまってるけど……なんか、引っかからないな。」
感情が揺さぶられないというか、心に残らないというか。読後の印象がスッと流れていってしまうんです。
合理的すぎて、“人間っぽくない”っていう感覚。
魅力って、どこから生まれる?
この違和感を自分なりに掘り下げていったとき、
ひとつの言葉が浮かびました。
それが 「魅力」
魅力って、人を自然と引きつける力ですよね。
じゃあ、その源ってなんだろう?
と考えたときに、ある仮説にたどり着きました。
もしかすると、それは 「雑味」 なんじゃないかって。
雑味というのは、「無駄」だったり「余白」だったり、「不完全さ」だったりします。
言い換えれば、「揺れ」や「迷い」、「ちょっとしたムラ」みたいなもの。
AIの文章には、そういう人間らしい“ノイズ”がないんです。
逆に言えば、僕ら人間が書く文章には、そういう
曖昧で、非合理で、でも味わい深い要素が自然と混じっている。
それが、魅力の正体なんじゃないかなと思いました。
不完全だからこその、深み
僕たち人間は、不完全な存在です。
でも、だからこそ努力します。
学んで、練習して、失敗して、また挑戦して。
そういう繰り返しのなかで、少しずつ成長していく。
この「成長しようとする姿勢」こそが、人間の魅力のひとつなんじゃないかなって思います。
完璧じゃないからこそ、人は心を動かされる。
器用じゃないけど一生懸命、うまくできないけど前向きに頑張ってる。
そんな姿に、僕らは共感したり、応援したくなったりするんですよね。
それはきっと、AIにはマネできない“生きた魅力”なんだと思います。
AIにできること、人間にしかできないこと
これからAIはもっと進化して、きっといろんなことがもっとスマートにできるようになると思います。
でも、どれだけ賢くなっても、僕はやっぱり「人間らしさ」にこそ魅力を感じます。
つまり、不完全であることそのものに価値がある んじゃないかと。
ムダに見えること、寄り道、揺れ動く気持ち——
そういうものを抱えながらも進もうとする姿勢に、人間のコクや深みが宿る。
僕は、そんな“雑味”を持った人に惹かれます。
そして僕自身も、そんな人間でありたいと思っています。
完璧じゃなくても、雑味があっても、それも含めて僕の魅力にできるように。
AIと共存しながらも、「僕にしかできないこと」を、
これからも大切にしていきたいですね。